カラムのコラム (Columns for Columns)

 

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HPLCの「流速」と「流量」

2021-06-04

 

カタログやマニュアルなど技術資料を作成する際に,用語統一ができていないと,「テクニカルライティング」リテラシーのない会社と見られてしまいます。大きな組織ほど個人の表記法を統一化することが難しくなります。

一例としてカタカナ長音の問題があります。「プリンター」か「プリンタ」か。
30年前は「4文字以上の末尾長音は省略,3文字はグレー」というのがブームでしたから,「プリンタ」が大勢を占めていました。
その中にあって IBM は堅実な外来語表記ルールを守っていたのでしょう,「IBM 5550」 というPCの日本語マニュアルでは「プリンター」と記述されていました。当時「プリンタ」派の私としては違和感がありました。
しかし最近では英語の「-er, -or, -ar」に長音を付けることが主流となり,「プリンター」が一般的となっています。IBM の先見性には感服するばかりです。

長音に関する分析用語でいえば「データー」は明らかに間違いです。「データ」は「data」であり「dater」ではないからです。

外来語のカタカナ表記は,「Georgia国」が「グルジア国」から「ジョージア国」になったように,時代によって変遷があります。
しかし漢字となると,カタカナとは異なる意味の重さが問われます。

クロマトグラフィーで必須用語の「流量」は,現在一般に「流速」と"誤"表記されています。 ユーザーから技術問合せを受けるたびに「流速」といわれて,意味はわかるのですが,「流速」と返答することに少し抵抗を覚えます。

正確には「流速」ではなく「流量」と言わねばなりません。「流速」の単位は「mm/min (例) 」であり,「mL/min」ではないからです。
HPLC では移動相の流れる量を「mL/min」と表記します。これは1分間に流れる「容量」であって「速度」ではありません。

「流量」は JIS B0100バルブ用語で「単位時間あたりに流れる流体の体積または質量」と定義されています。Wikipedia にも書かれています。
「流速」は移動相の流れる「速度」であり,「移動相線速度」として van Deemter の式などで取り扱われ「mm/min」などと表記されます。

なぜ HPLC 分野で「流速」が一般に使われるかというと,1980年代から大手化学メーカーをはじめ複数のカラムメーカーのカタログ中の分析条件に 「流速: 1.0 ml/min」 と書かれていたから,と思われます。当時ユーザーだった私も「流速」が正しいと思っていました。
その後,京都にある大手装置メーカーにお世話になったとき,直属の上司(現在は社長さん)に 「<流速> は間違いで正しくは <流量> ですよ。」と指摘されたことがあります。確かにそのとおりだと,私はその時から改めました。

HPLC は舶来の技術であるため,和訳するときに勘違いしたのかもしれません。「Flow Rate」は直訳するなら「流れる速度」,だから「流速」になったのではないかと。
英語表記としては,「Flow Rate」が「流量」,「流速」は「Flow Velocity」となります。

意味が通じればどっちでも良いことで,あまりこだわるべきではないのかもしれませんが,サイエンス領域間で異なる定義が混乱を招く可能性も心配されます。
言葉の使い方は難しいものです。

「明日皆でテニスに行くよ」と言ったら,孫が「りょ。」と返してきました。「了解。」という意味で,最近では「り。」とも言うのだそうです。
とにかく日本語は難しいです。

(矢澤  到, YAZAWA Itaru)